アクリル

アクリル樹脂とは

 アクリル樹脂(アクリルじゅし、Acrylic resin)は、主にアクリル酸モノマーまたはメタクリル酸モノマーを原料とする合成樹脂の総称です。透明性、耐候性、耐久性、加工性に優れているため、さまざまな用途で利用されています。

  • 透明性
    ガラスのような高い透明度を持ち、光透過率が優れています。紫外線を吸収しにくく、長期間使用しても黄ばみにくい。
  • 耐候性
    屋外での使用に適しており、紫外線や雨風による劣化に強い。
  • 耐衝撃性
    ガラスに比べて衝撃に強く、割れにくい。ただし、他のプラスチック(例:ポリカーボネート)に比べるとやや脆い場合があります。
  • 加工性
    熱可塑性樹脂であり、熱を加えることで曲げたり、成形したりすることが可能です。切断や接着も比較的容易。
  • 軽量性
    ガラスに比べて軽量で、扱いやすい。

アクリル樹脂の用途

アクリル樹脂はその優れた特性から、以下のような用途で広く使われています。

  • 日用品:看板、ディスプレイ、照明カバー、家具
  • 建築・装飾:窓ガラスの代替、壁材、インテリア装飾
  • 工業部品:自動車部品、航空機の窓
  • 医療:歯科用材料、義歯、医療機器の透明部品
  • その他:アート作品、アクセサリー、模型製作

アクリル樹脂の設計

 アクリル樹脂の重合方法は、ラジカル重合(ラジカルじゅうごう、Radical polymerization)で得られます。開始剤から発生するフリーラジカル(自由基)を用いてモノマー(単量体)を結合させ、ポリマー(高分子)を形成する重合反応の一種です。この方法は、特にビニルモノマーやアクリルモノマーを用いた重合に広く利用され、プラスチックや樹脂など多くの合成材料の製造に重要な役割を果たしています。ラジカル重合の仕組みとして、以下の3段階で進行します。

ラジカル重合の反応機構

  1. 開始反応
    ラジカル重合は、ラジカル(自由基)の生成から始まります。典型的には、熱や光、または過酸化物やアゾ化合物の分解によってラジカルが生成されます。このラジカルがモノマー分子の二重結合と反応し、重合反応を開始します。
    例えば、過酸化ベンゾイル(Benzoyl peroxide)の分解の場合

                     熱 or 光
     C6H5-C(O)-O-O-C(O)-C6H5    →    2C6H5CO・
  2. 成長反応
    ラジカルがモノマーと反応して新しいラジカルを生成し、それがさらに別のモノマーと反応してポリマー鎖が成長します。このプロセスは連鎖反応で進みます。
    例えば、スチレンの成長反応の場合

     R・ + CH2=CHC6H5 → R-CH2CH・C6H5
  3. 終了反応
    重合反応は、ラジカルが消滅することで終了します。終了反応には主に以下の2種類があります
    ・再結合: 2つのラジカルが結合してポリマー鎖が終了する。
    ・不均化: 1つのラジカルから水素が移動し、2つのポリマー鎖が生成される。

     R-CH2CH・C6H5 + R’・ → R-CH2CHC6H5-R’

ラジカル重合の種類

  1. 連鎖(連続)重合:もっとも一般的なラジカル重合の形式。
    ラジカル開始剤がモノマーに付加し、生成した活性種が次々とモノマーを取り込んで重合が進む。
    例:スチレンやメタクリル酸メチルの重合。
  2. 本重合(バルク重合):モノマーのみを反応系として用いる重合。
    開始剤を加えて加熱するとモノマー自身が重合し、高分子が得られる。
    例:ポリスチレン(PS)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)。
  3. 溶液重合:モノマーを溶媒に溶解し、開始剤を加えて反応させる方法。
    反応熱が溶媒により吸収されるため、温度制御がしやすい。
    例:塗料や接着剤用のポリマー合成。
  4. 懸濁重合(サスペンション重合):モノマーを水中に分散させ、撹拌しながら重合を進める方法
    水不溶性の開始剤を用いることで、モノマー粒子の中で重合が進行する。
    例:ポリスチレン(PS)、ポリ塩化ビニル(PVC)。
  5. 乳化重合
    界面活性剤を用いてモノマーを微小なミセル内に閉じ込め、ラジカル開始剤で重合を進める。
    非常に小さい粒子径のポリマーが得られ、高分子ラテックスが形成される。
    例:合成ゴム(SBR)、アクリル樹脂。
  6. リビングラジカル重合(制御ラジカル重合):ラジカル重合の成長を制御することで、分子量や分子量分布を調整できる手法。
    主な方法
    ・ATRP(原子移動ラジカル重合)
    ・RAFT(可逆的付加-開裂連鎖移動重合)
    ・NMP(ニトロキシド媒介ラジカル重合)
    例:ブロックコポリマーの合成、高機能材料の開発。

ラジカル重合モノマーの選定

 アクリル樹脂モノマーにはさまざまな種類があり、それぞれ異なる特性を持っています。
 主な種類と代表的なメーカーを紹介します。

主なラジカル重合モノマーの種類

  1. メタクリル酸エステル系(Methacrylate Esters)
    ・メチルメタクリレート(MMA):透明性・耐候性が高く、アクリル樹脂の主要成分。
    ・エチルメタクリレート(EMA):MMAより柔軟性がある。塗料や接着剤に使用される。
    ・ブチルメタクリレート(BMA):柔軟性が高い。塗料やコーティング用途に使用される。
    ・ヒドロキシエチルメタクリレート(HEMA):親水性を付与する。
    ・ヒドロキシプロピルメタクリレート(HPMA):HEMAと似た特性で、医療や塗料分野に多く使用される。
  2. アクリル酸エステル系(Acrylate Esters)
    ・メチルアクリレート(MA):MMAより反応性が高い。塗料・接着剤用途に使用される。
    ・エチルアクリレート(EA):しなやかさを増すための添加剤として使用れる。
    ・ブチルアクリレート(BA):低温柔軟性がある。塗料・接着剤・エラストマー用途。
    ・2-エチルヘキシルアクリレート(2-EHA):柔軟性を高める効果があり、塗料や接着剤用途。
  3. 特殊アクリルモノマー
    ・グリシジルメタクリレート(GMA):エポキシ基を持ち、接着性や耐薬品性を向上させる。
    ・カルボキシエチルアクリレート(CEA):極性を持ち、親水性が高い。
    ・N-ブチルメタクリルアミド(BMAA):高耐熱性を持つ。

主なラジカル重合モノマーメーカー

日本メーカー

  • 三菱ケミカル(MMA、EMA、BMA など)
  • 住友化学(アクリル酸エステル、特殊アクリレート)
  • クラレ(HEMA、GMA など)
  • 昭和電工(レゾナック)(MMA、特殊アクリレート)
  • 旭化成(MMA、BA など)
  • 大阪有機(アクリル酸エステルなど)
  • 新中村化学工業(アクリル酸エステルなど)

海外メーカー

  • BASF(ドイツ)(MMA、BA、2-EHA など)
  • Evonik(ドイツ)(HEMA、HPMA、GMA など)
  • Arkema(フランス)(MMA、特殊アクリレート)
  • Dow(アメリカ)(アクリル酸エステル系)
  • Mitsubishi Chemical America(アメリカ)(MMA)

ラジカル重合開始剤の選定

 ラジカル重合の開始剤は、分解のしやすさや適用温度などに応じて分類されます。
・過酸化物系(BPO、DCP)は汎用的で、特に熱分解を利用する場合に有効です。
・アゾ化合物系(AIBN, ACHN)は比較的低温で分解し、安定した重合反応を促進します。
・光開始剤(BEE, TPO)などはUV硬化樹脂向けに利用されます。
・主要なメーカーはNOF、AkzoNobel、Arkema、Nouryon、BASFなどです。


1. 過酸化物系(Peroxides)
  過酸化物は熱分解や光分解によりラジカルを生成する一般的な開始剤です。

開始剤分解温度(℃)用途代表的なメーカー
過酸化ベンゾイル(BPO)60-80アクリル樹脂、ポリエステル樹脂NOF、AkzoNobel, Arkema
過酸化ジクミル(DCP)120-150ポリエチレン架橋、ゴムNouryon, NOF
過酸化ラウロイル(LPO)60-80ビニルモノマー重合AkzoNobel, NOF
過酸化メチルエチルケトン(MEKP)60-80不飽和ポリエステル樹脂Arkema, NOF


2. アゾ化合物系(Azo Initiators)
  アゾ化合物は窒素ガスを放出して分解し、安定したラジカルを生成します。

開始剤分解温度(℃)用途代表的なメーカー
アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)60-80アクリル重合、ラテックス重合FUJIFILM Wako, NOF, DuPont
アゾビスシクロヘキサンカルボニトリル(ACHN)100-120高温重合NOF, FUJIFILM Wako
アゾビスジメチルバレロニトリル(ABVN)50-80低温重合NOF, AkzoNobel


2. その他の開始剤
  特定の用途向けに用いられる特殊な開始剤もあります。

開始剤分解温度(℃)用途代表的なメーカー
ピロカーボネート系(TPC)80-150PVC、ポリエチレンArkema, NOF
ヒドロペルオキシド(TBHP)100-150ラジカル重合、酸化触媒Arkema, NOF
ベンゾインエチルエーテル(BEE)UV照射光開始剤(UV硬化樹脂)BASF, IGM Resins
エチルフェニル(2,4,6-トリメチルベンゾイル)ホスフィンオキシド(TPO)UV照射
350~420 nm
UV硬化型接着剤、3Dプリンティング、UV硬化型樹脂(コーティング・塗料)IGM, BASF, Lambson, Tianjin Jiuri

主なラジカル重合開始剤メーカー

国内メーカー
・NOF(日本油脂):過酸化物、アゾ化合物の主要サプライヤー
・FUJIFILM Wako(旧 和光純薬): 研究用化学品
・ADEKA:特殊開始剤
・住友化学:機能性ポリマー向け

海外メーカー
・AkzoNobel(オランダ):世界最大級の過酸化物メーカー
・Arkema(フランス):有機過酸化物のリーディングカンパニー
・Nouryon(オランダ)(旧 AkzoNobel Specialty Chemicals):過酸化物・アゾ化合物の供給
・BASF(ドイツ):光開始剤、機能性モノマー

アクリル樹脂の製造方法

連続溶液重合(Continuous Solution Polymerization)

モノマー(MMA など)を有機溶媒中で重合 させ、溶液状態で高分子を得る方法で、塗料や接着剤 などの用途に適している。

<プロセス>

  1. モノマー(MMA)と溶媒を混合し、開始剤(AIBN など)を添加
  2. 連続反応器(チューブリアクターなど)に供給し、温度を 80~120℃ に維持
  3. 反応が進行し、ポリマーが生成(溶液状態)
  4. 溶媒を蒸発または希釈して、最終製品化

連続懸濁重合(Continuous Suspension Polymerization)

モノマーを水中で液滴として分散し、重合 させる方法で、粒状(ビーズ状)のアクリル樹脂を製造 し、射出成形材料などに使用される。

<プロセス>

  1. モノマー(MMA)、懸濁剤(PVA など)、開始剤(過酸化ベンゾイル)を水に分散
  2. 連続撹拌反応器(CSTR など)で 80~90℃ に加熱し、重合開始
  3. 成長したポリマー粒子をろ過し、乾燥・洗浄
  4. 得られた粒状ポリマーをペレット化し、射出成形用に供給

連続乳化重合(Continuous Emulsion Polymerization)

水系エマルション(乳化剤を用いた水中分散系)で重合 する方法で、アクリル系塗料、コーティング剤、接着剤などの用途に適する。

<プロセス>

  1. モノマー(MMA など)、水、乳化剤(界面活性剤)、開始剤を混合
  2. 連続流通型反応器(チューブリアクターなど)で加熱し、重合を開始
  3. ナノサイズのポリマー粒子が生成され、エマルションとして分散
  4. 製品としてそのまま使用、または濃縮処理

連続気相重合(Continuous Gas-Phase Polymerization)

気相中でモノマーを重合させ、粉末状アクリル樹脂を得る方法で、高純度のアクリル粉末を得るための特殊な製造プロセスである。

<プロセス>

  1. モノマー(MMA)を気相中に供給
  2. ラジカル開始剤を添加し、反応温度を制御(150~200℃)
  3. 重合したポリマーが微粉末として析出
  4. ろ過・乾燥し、最終製品として供給

バッチ式バルク重合

バッチ式は 金型(キャストモールド)を用いてシート状またはブロック状に成形する方法 です。

<プロセス>

  1. モノマー(MMA)と開始剤(過酸化ベンゾイル BPO など)を混合
  2. 脱気処理(真空脱気)で気泡を除去
  3. キャストモールド(金型)に流し込み
  4. 重合炉(60~100℃)で数時間から数日間加熱重合
  5. 徐冷し、内部応力を除去(アニーリング)

連続式バルク重合(キャスト法)

バッチ式ではなく、連続的に重合を進める方法。大型のアクリルシート(キャスト板)を大量生産するのに適している。

<プロセス>

  1. モノマー(MMA)と開始剤を混合
  2. 脱気処理
  3. 2枚のガラスプレートの間に流し込み、シート状に整形
  4. 連続加熱炉で重合(加熱ステップを段階的に調整)
  5. 冷却し、応力除去処理(アニーリング)
  6. 仕上げ(切断・研磨)

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